僕を振るつもり? 「5教科で1時間ね。」 転入試験の教室で、監督だと名乗った教師は響也の顔を見るとそう告げた。口端を上げる意地の悪そうな笑顔が感に触る。 成歩堂…という名前を、校長に引き合わされた時に名乗っていた。今は、誰もいない教室にふたりきりだ。 「何それ? これには1教科40分って書いてあるけど?」 転入の資料一式と共に同封されていた説明書には、響也が告げた事が間違いなく記してある。しかし、成歩堂は、笑みを浮かべたまま、響也の手から紙を取り上げた。 「何…!」 抗議の言葉を吐き出す前に、唇に指を押し当てられる。靜にね、他は授業中だから。 耳元で囁くように告げられて背筋がぞくりと震えた。 慌てて耳元を手で抑え、成歩堂との間に距離を置く。頬が紅潮しているのを否応なしに自覚出来る。まさかと思うけれど、まるであのまま舌でも差し入れられそうな雰囲気が、その教師から感じられたのだ。 「照れた? 可愛いね。」 ニコリと笑う顔はそれなりに男前だ。手にした封筒をひらりと振ってみせて、教室の正面にある時計に視線を送る。 もうすぐ指定された開始時間で有ることに気付いた響也も、手短な机に座った。その正面に隣の机から椅子を運んで、成歩堂も腰を掛ける。 後ろ向きで置かれた用紙を指先で叩きながら、響也は成歩堂に問い掛けた。 「一時間でテストを終わらせて、何かあるの?」 説明してなかったねぇ。 成歩堂はにっこりと笑って、響也が座っている机に肘をつきぐいと身体を近付けた。きょとんとした表情で見返す響也の顔を楽しそうに眺める。 「一時間ですませれば、後は僕も君も空き時間になるだろう?」 …それで? 「デート、しようか」 「はぁ!?」 素っ頓狂な声を出した響也を、それでもニコニコしながら見つめている。これって、どういう状況なんだ。 「…何がやりたいのか、わからないよ。」 「やりたいことはひとつだけど、まぁ最初から無理強いはしないから安心して。」 再び抗議の声を発しようとした響也を、生真面目な表情に戻った成歩堂が制する。腕時計を見つめた。 「準備はいいかい、始めるよ。」 「…うん。」 渋々ではあったけれど、これ以上はからかうつもりはないようだったので、響也も気を取り直して答案用紙に向かう。問題を眺めて、眉間に皺を寄せた。 兄に特訓を受けたとは言え、日本語の読解力は、やはりまだ完璧とは言えないようだ。 長文問題に戸惑う様子をみせる響也に、成歩堂は口元を歪めた。 「何、僕を振るつもり?」 「煩い…。」 こんな奴の挑発に乗るのは酌に障るが、せっかく指導してくれた兄の好意を無駄にしたくない気持ちも働き、結局終了したのが成歩堂が宣言した時間だった。 「僕が採点する訳じゃないけど…ほぼ完璧か」 斜めに視線を走らせた成歩堂は、くくと笑う。 「流石に、牙琉の弟くんだな。」 え?と顔を上げた響也に、さも可笑しそうに成歩堂が笑った。トントンと机の上で紙を整えると、必要事項の書き込まれた書類を響也から受け取る。 「僕は霧人の親友だ。君がこちらへ来るというんで、頼まれていたんだよ。」 「そう…だったんだ。」 「そう。じゃあ届けてくるから此処で待ってて。」 廊下へ出るべく開けた扉をそのままに、成歩堂は振り返る。 「なんで…。」 「さっき言っただろ、デートだよ。決まってるだろう?」 「はぁ!?マジ? あんた教師だろ、生徒相手にいいのかよ。」 「厳密に言えば、今日の君は生徒じゃない。」 くるりと踵を返した成歩堂は、響也の顎を捕らえて唇に触れる。 「だから、こんな事をしても大丈夫。」 「…大丈夫な訳ない…だろ?」 思いきり顔を顰める響也に成歩堂は楽しげに笑った。 結局、成歩堂に連れまわされて、それなりに楽しんじゃう響也くん。 お兄さんが、髪を振り乱して迎えにやってきて「なるほどぉおおおおお」って言ってくれます(笑 content/ |